大いなる帰還【豚山肥太】

豚山肥太の詩と小説を綴るページ

化学

 

学生時代の人間で集まって5人対5人で婚活パーティーが行われた、皆、ここいらの島々から出てきていて、僕は丁度、三つ目の編入先の大学の単位も満たせぬままに、あちこち、アルバイトをして食いつないでいた。

 

初日に、パーティー会場の島で買った新聞では僕の人気順位は5人中最下位で、まぁ、そりゃそうだろなという当たり前の感情と、どこかこの島のお茶の先生に似ている二番人気の女の子の事が気になって仕方なかった。

 

その頃の僕らの住む世界では、色々な化学物質を主たる原因とした突然変異が、空間や、土壌、流れる川の水の中まで起こっており、僕らは常に、それらから生まれる動物でも生物でもない化学物質との戦いを余儀なくされていた。

 

それらは、最初は、形を持たず、色を持たず、匂いを持たず、突然、僕らの世界に浸食してきては、僕らの世界と彼らの世界の境界を曖昧にしていくことを繰り返し続けていた。僕らは婚活パーティーに参加しながらも、常にそのことに気を配っていた。

 

婚活パーティーは、最終ステージまで三段階のお見合いの席が用意されており、僕らはそこで、自己アピールに専念した。大きな島だったので、比較的、物資も揃っており、パーティーに用意された食事も、一応、豪勢と呼べるものになっていた。

 

二段階目が討論会で、どう考えても朝まで生テレビのセットの中に連れて行かれて、僕らは討論をする事になった。議題は忘れてしまったが、飛び入りで参加した。若手の論客が、人一倍大きいフリップに自分の意見を書いて出し、フリップの裏側でウエハースチョコを貪り食べていた。それは良くないと、若手よりはまだ年齢が上の論客と、女性の経済学者にやさしい口調でしつこく注意されていた。

 

新しいと僕は思いながら、僕はセットの外にある自動販売機でジュースを買って、一息ついていた。さっきの若手の論客がやってきて、自販機に「ペプシ2ケース」というと、自販機は「1300円になります。」と答えた。えらく安いなぁということと、自販機ってそんな使い方ができるんだという新鮮な太刀魚の様な思いが胸に去来した。再び討論会の会場に戻ったが若手の姿がなく、デニムでそろえた上下でコロコロに目一杯積んだペプシをひいた彼が、討論会の会場の大型テレビに映っていた。

 

僕も色々とやり方を変えないとと、思いながら、討論会もいつの間にか終わっていた。

 

今の所、確たる手応えもあった訳ではなかったが、最後のステージで、気になっていた女の子と記憶はあまりないのだが、どうやら上手くいったらしく、そのまま、カップルとして成立した。結婚はいいけど、まだ、大学も出ていない、そういった所の問題からとうぶんの間、どこに住もう等ということまで、現実的に決めなければいけないことが沢山あった。

 

そういった話をしている最中に、化学物質がまるで壁を抜けるように現れてきた。僕は近くにいたお見合いメンバーと一緒になって、水鉄砲の様なちゃちな光線銃で化学物質を中和させようとしていたが、あまり効かなかった。僕らの光線銃と今回の化学物質との相性が悪いらしく、あまり効果がないようだ。

 

一緒に戦ってくれていたお見合いメンバーもこれ以上遅くなると、島のスーパーマーケットが閉まって、美味しい食べ物の入手に困るからと、巨大化していく化学物質をほっておいて帰ってしまった。

 

僕はお見合い会場にあった掃除箱の中から、ワックスを塗る時に使うブラシを持ってきて、それを持ってして、巨大化して人間の描く鬼のようになって発光している化学物質と戦うことにした。化学物質を構成している物質を、まずは計測し、そこから、その物質達をバラバラにしてしまえる物質をもってして戦う算段であったが、計測の前に、力で圧倒的に化学物質に振り回されて、最大限にブラシも伸ばしてみたが全く意味がなかった。

 

僕が化学物質と格闘している間に、視界に入ってきたのは、射止めたはずのあの子が、絵に描いた様な黒い革ジャンのリーゼントの男とたき火を囲んで、ゴーゴーを踊っていた。二人の上には電飾のハートが設置され眩いばかりに、相思相愛を周囲の人達、そして、僕に伝えていた。

 

僕はなんだか、嫌気がさして、化学物質からも逃げ出して、まだ、単位を取り終えていない北海道の大学へ向かった。大学へ向かう列車の中で、新聞を買うと、一面では、あのリーゼント男が巨大化した化学物質どころか、僕らの住む世界が悩まされてきた化学物質の侵攻と、この世界で不均衡に崩れた様々なバランスまでも全て解決してしまった事が報じられていた。

 

僕の事もやはり最下位という事だけが、小さな見出しと、その日の新聞四コマで紹介されていた。

 

まぁいっかなと僕は呟くと、モテる為のハウツーの書かれた安い電子書籍を山ほど買った。

 

 

夜空の流星群

 

人間関係で上手くいかない事が重なって、この先の人生に絶望して、僕は殺されてしまいたいと思うようになった。自殺への衝動とほぼ同じであったが、口に出すと言葉は、殺されたいになっていた。

 

僕はなんとか回っていた家族の中で、父にも母にも殺してくれと繰り返し言った。ある時、父は登山用に使うナイフで僕の手の甲を浅く刺した。僕は痛みで泣いたが、口から出る言葉は変わることがなかった。

 

母にも何度もしつこく殺してくれという事を言った。母は、製薬会社の作った薬とは、また別の範疇の様々な薬を僕に持ってきた。昔、母が落ち込んだ時に勇気づけられた本、母自身の人間関係で悩んだ経験、遠くのパン屋で買ってきた珍しくて美味しいパン。

 

弟はまだ小さかったが、何が起きているかは把握していたようで、TVで流行っているアニメの主人公の必殺技の構えまでやるものの、そこで僕に向かって必殺技をぶつけるわけでもなく、悲しい顔をしていた。ごめんなと僕が思い始める頃に、父が外ももう随分と暗いのに、今から出かけることを家族全員に告げた。

 

父は遊園地に行くという。こんな時間まで営業している遊園地は僕の住む地域には無く、いったい父はどこに向かおうとしているのかわからなかった。家族で父の運転する車に乗り込み、父は今日は特別だというと、アクセルを踏み込むと、僕らの乗った車は、夜空に向かってどんどん宙に上がり、まるで流星みたいに、街の上空を走って行った。

 

父は鼻歌を歌いながら、夜空の世界を僕たち家族に、殺してくれと言っていた僕に見せてくれた。

 

それから、小さい頃に一度だけ家族で食べて、とても美味しかった記憶のあるうどんすきを家族で食べに行った。

 

美味しいものを食べながら、天然の母を弟と一緒になって、突っ込んだりしてケラケラと笑っていると、僕はたぶん、今は幸せと言うに違いない。確信を持ってそう思った。

 

もう、あれからどれだけ月日がたったかわからないが、この街の夜空に星の見える日があると、あの頃の僕と、あの頃の僕の家族を思い出す。

 

 

渇望

 

僕の地域の柔道の地区大会の最重量級は、長い間、うちの中学の大将が優勝し続けていて、地区に敵無しの状態だった。最近、柔道部の出来た私立の中学校は相当強いらしいという知らせを聞いてから、一月もせぬうちに、僕らの中学とその中学とで合同練習が組まれた。

 

それまでも、県下で開かれた合同練習や、日本全国から集まって行われる沢山の中学、高校との練習試合に参加していて、強い相手とはどのようなものか、道着を握った感覚で知っている。そう思っていた。

 

合同練習では僕らの中学が定期的に出稽古に行っている高校の道場を使わせてもらって行われる事になった。当日、向こうの中学の生徒と顔合わせしたが、僕らと同学年のおそらくの団体戦の主要メンバーは、特に重量級が多いと言うこともなく、県大会まで行けばよく見る構成の体型が並び、さして、ビビる事もなく、合同練習は始まった。

 

試合に近い形式の練習の乱取りがはじまり、実際にその中学の生徒と組んでの練習になった。僕はしばらくサボっていたが、僕らの中学の大将が、向こうの中学の大将に、乱取りを申し込まれたので、注目してみていたが、お互いが組んだ次の瞬間にはうちの大将は宙に上がり、そのまま見事なまでに背中から叩きつけられていた。その後も休む間もなく、まるで投げ技のパターンを一通り練習しているかの様に、大将は投げられ続けた。

 

そんな状況ははじめて見たし、ゾクゾクと怯える気持ちが自分にもやってきた。そのうち、大将だけでなく、うちの中学の団体戦の主要メンバーも皆、同じような洗礼を向こうの中学の生徒から受けはじめた。僕も乱取りを申し込まれたが、全く、相手にされずに、好き放題投げられていた。大学生、それも日本のトップレベルの大学生と戦わされているような感覚だった。

 

向こうの大将と組んだ時の感覚が一番強烈で、手や足がそれぞれ100㎏以上あるような、身体全体では1トンはあると思えるくらい、全くこっちらのどんなテクニックを使った力にもビクともしない、ただ相手の強烈な力に、自分は全く何も抵抗できずに前後左右に投げ分けられながら、ひたすら敗北感と無力感にうちひしがれていた。

 

練習の最後には顧問が審判となり、練習試合が組まれたが、見るも無惨、投げられるも無残な結果となった。

 

練習の最後にうちの部員を前に顧問は、こういった経験の大事さを説き、練習は終わった。その日から、何度も好きなように投げられた相手達を投げる姿をイメージする練習からはじめた。イメージの中でも相手を投げている姿は浮かびにくく、途方も無い遠くに、彼らの強さを感じていた。

 

彼らの中学は僕らが中学3年の夏の全国大会の地区予選はおろか県大会でも、ほぼ全ての試合を5ー0で圧勝し、全国大会に進んだ。

 

夏の暑い盛りに開かれた全国大会で、彼らの中学は、特段、成績を残すことも無く、5ー0で負けもしていた。僕は全国大会の内容がレポートされた柔道雑誌を読みながら、この先、柔道を続けていくか悩み始めた。

 

毎日の日課の夜のランニングをしながら、好き放題投げられた悔しさが、くすぶって消えなかった。

 

ランニングに使っていた公園の時計は夜の10時を回っていたが、僕は今の自分から手を伸ばすように、走り続けた。

 

 

スター

 

僕の通う学校は体育祭と文化祭、それ以外に毎年、全学年から七人が選出され、皆で高名な学者のもとで合宿を行う。合宿の最後の日に、合宿の成果を全校生徒の前で披露するきまりだ。

 

今年、僕が選ばれた事を知ったのは、期末テストが終わった後の担任との面談の時だった。これまでの成績では内申の点数が志望校を受ける点数まで届かない。学者のもとで合宿をすれば、余った分の内申から、成績を振り分けてくれるという話だった。

 

僕はいったい何をするのかを、担任に聞いた。担任は、今のお前ではなくなればいいといとも簡単に言い放った。僕は昨年選ばれた7人が今はそれぞれ海外に政党を作り、活動していることから、負担の強い事が待ってるのでは気が気でなかった。家に帰り、親にプリントを渡すと、なぜだかその日から、晩ご飯は職人さんが家に来て、寿司を握ってくれるようになった。

 

僕が職人さんから寿司の握り方を習うようになり、店舗も二店舗目を任される様になった頃、合宿の招集が行われ、僕はリュックにパンパンに酢飯を入れて参加した。

合宿先の学者先生の家は広く、家というよりも寺社仏閣に近い大きさももっていた。

集められた7人は顔立ちから、身体の大きさ、性別も一辺倒ではなく、色んな人達がいた。

 

僕は何が始まるのかにドキドキしながら、先生に酢飯を握っては渡していた。先生は、やっぱり酢飯が一番おいしいといいながら、僕の用意したリュックいっぱいの酢飯をたいらげると、今度はやっぱり餅は醤油が一番おいしいと言いながら、鞄いっぱいに餅をつめて来た生徒の餅を酢飯まみれの手ですすっていた。

 

気がついた頃には先生は最初に会った時より二倍くらい大きくなっていて、先生の家のあちこちに身体をぶつけて、大きくなるのも大変そうだった。

 

僕らは合宿の間に先生から特殊能力を与えられ、それを生かして今後活躍することを命じられた。特殊能力を得るには何かもっと大変な事が待っているのかと今まで見た漫画やアニメから想像していたが、特殊能力の申請書に印鑑を押すだけでよった。ただ、シャチハタは駄目だと何度も言われた。

 

僕の得た特殊能力は、シネマパスというもので、これにより世界中のこれまでとこれからの映画が全て無料で映画館で見れるというものだった。地味に嫌だったのは3D映画は料金をプラスしないと見れない点を特筆して上げておく。

 

他の生徒達が、重力を操ったり、切れないものはないビームを出せるようになっている中、僕は正直、この能力に不満だった。

 

合宿の最終日に僕たちがこれからの世界を救うスーパーヒーローとして、全校生徒の前に登壇した。それぞれの能力に歓声が上がり、生徒達の目が輝いた。僕の紹介の番も回ってきたが、僕はなぜかビンゴゲームの司会をやらされ僕の番は終わった。

 

選ばれた僕以外の生徒はそれぞれの能力を生かす最善の地へと向かう準備を始めた。僕は担任に内申点の事を確認しておこうと話しかけた。担任はどうにかしてこの映画は見られないかと、今、あまりにヒットしてシネコンでもなかなか見るのが難しい映画を見るのに僕が利用できると勘違いして交渉してきた。僕は自分自身のシステムもまだあまりわかっておらず、担任の交渉に乗り、内申点を確約した。

 

まだ、校内は祭りの中の様な喧噪をたたえる中、僕は一人、学校を後にして、離れた町の映画館に向かった。とりわけ見たい映画があるわけではなかったが、一番何も知らない映画を見ることにした。映画を見るまでにいつもと違うことはチケットを買わなくてもいいところそれだけだった。

 

今後、上映される映画の予告編が流れた後、本編が始まった。

 

オープニングからタイトルまで僕は一気に感情を持って行かれると、僕はこの能力は最強じゃないかと思いはじめた。

 

暗闇の映画館の中で、僕の人生は充実した人生へと向かいはじめていた。

 

 

 

コーヒー

久しぶりに遠方に住む友人が僕の家まで遊びに来るのでその日は朝から掃除や友人をもてなす簡単な料理の準備に追われていた。

 

午後を過ぎた頃に家のチャイムが鳴って友人を部屋に招き入れた。

季節は少し肌寒い日々が続くようになってきて、友人もコートを着て、寒いねと言って、久しぶりの邂逅に時間も忘れた。

 

友人とともに食事をしていると、友人は鞄から1冊の雑誌を取り出して、載ったんだよと、その雑誌に彼の投稿した悩み相談のコーナーを開いて見せた。僕は内容を読んでみたが、どう読んでも友人の悩みに思えず、ということはずっとこの悩みを抱えていたのかと、慎重に言葉を選んで、友人にことの真意をたずねた。

 

創作だよ

 

友人はそう言った。友人がそれから話した話によると、随分前から創作した悩み投稿を繰り返していて、持ってきた雑誌だけでなく、形を問わず投稿してきたという、紙媒体に採用されたのは今回がはじめてだという。

 

友人によればそれは趣味の一つで、友人にとっては悩みを考えることが楽しく、また、それにどんな回答が返ってくるかを待ったり、返ってきた答えを分析するのが楽しみだそうである。

 

人が楽しみにしているものを一概に否定もできず、例え雑誌に掲載された悩みが作られたものであっても、それが何か問題だとも思わず、僕は引き続き、雑誌に採用された悩みやその周辺のことなどで、引き続き談笑の時を楽しんだ。

 

時刻も夜遅くなり、久しぶりの邂逅の時も終わらねばならなくなっていた。僕は尽きない話を交わしながら、友人を駅まで送った。無人駅のその駅で、電車が来るまで、友人と駅の待合室で、缶コーヒーを飲みながら過ごした。

 

本数の少ない友人の帰る方向への電車がやって来る時間になって、友人はもう少しいいかと僕に確認を取ってきた。僕は後は家に帰って寝るだけと話すと、二人で缶コーヒーを駅の自販機で買い直して、終わらない話をまた再開した。

 

次に電車が来るまで、まだかなりの時間があった。

友人はふざけた話ばかりしていた。

結局、僕ら二人は次の電車までふざけた話に終始して、電車に乗り込む友人を見送った。

 

遠くなっていく電車の姿を見終えると、僕は自宅へと向かった。

外は本当に寒くなってきていて、僕はポケットに両手を突っ込んで、さっきまでの友人との話を思い出しながら、くだらない話を思い出して、顔の表情が崩れるのを止められず、少し怪しく、自宅まで歩いた。

 

その日の邂逅以来、友人は全く連絡がつながらなくなり、様々な手を尽くしたが、友人は忽然と姿を消した。最後にあった日に、言っていたことの中にヒントを探そうとしたが、見つからなかった。友人の採用された悩みを見ても、何のヒントにもなりはしなかった。

 

友人がいくつの悩みを創作して投稿していたかはわからない。

ただ、彼はいなくなった。

最後の日に駅の待合室で聞いた

 

もう少しいいか

 

その言葉だけがそれからも何度も胸の中で繰り返された。

 

 

ヒーロー

僕は照明を落とした部屋の中を、新作のゲームを夢中になってやっている。途中からはネットで見た裏技を使って無敵状態でゲームをやっている。全てのパラメーターが異常になった登場人物達が、敵に遭遇する、戦うというより、出会った瞬間に敵は消滅してしまう。なんだか、気分はアルコール入りの除菌シートの様な気分。このゲームの中でいくらでもあふれ出てくる悪を、僕はひたすら消毒していた。

 

学校に行っていた頃の事だった。クラスメートの中にテレビタレントが居て、テレビの中では笑いをとって人気者だった。クラスの中でも、人気者で笑いも取りもするが、他にも面白いクラスメートはいて、僕はそのクラスメートに、あいつがあんなにTVで受けてるなら、A君だってTVでそこそこやってけるんじゃないか、隣のクラスのBもいけると思う。

 

そんな事を口走った。Aはふかしタバコを吸いながら、まんざらでも無いようだった。以前はタバコを吸っていなかったが、部活を辞めて、タバコを吸い出した。それから、どんどん自分とは住む世界が違う住人の様に、距離が出来てしまっている。もう、あの頃の、言葉では話せない。そんな感覚だ。僕は、怯えもありながら、AにTVでやってけると伝え終わると、次の授業の体育へと準備をして向かった。

 

 体育の教師は、こないだやって来たばかりだったが、来た当初から厳しく、今日も名前も聞いた事のない筋肉を鍛えると言って、これまた、よくわからない陣形を組まされて、授業は進んでいった。授業が始まって、すぐしてから、汗の匂いがした。自分からしているのか、誰かのものなのか、ずっと気になりながら、クラスメート達とはできる限り距離を空けていた。

 

授業の後半の四分の一は教師不在で行われた。教師がどこかに行ってしまって、戻ってこなかった。クラスメートの中には学校を飛び出して、たまり場になっているファミリーレストランや喫茶店に向かう者達もいた。それ以外のクラスメートは、各々に割り当てられた冷蔵庫から、冷えた果物や、冷やしあめなんかを飲んだりしていた。僕も自分の冷蔵庫を空けると、ちゃんとした製品のパッケージでは無い誰かが適当にビニール袋をはりあわせて、適当にプリンの絵を描いたものが出てきて、暗い気持ちになりながら、その包装を空けた。中のプリン・ア・ラ・モードはぐちゃぐちゃで、僕は低い気持ちで台無しだと思った。

 

芥川龍之介の見た歯車とヘッセの車輪の下が噛み合いながら、僕の思春期を蹂躙していくイメージだ。

 

僕はどんどん外気に怯えるようになっていき、学校へもどんどん足が遠のいた。ある夜、TVをつけると、学者や評論家達が揃って、こないだ体育の教師にやらされよくわからない運動をキャッキャ言いながらやっている。政治家チームも参戦するとなった所で、TVを見るのを辞めて、ゲーム機のスイッチを入れた、ネットで決済してダウンロードしておいた新作のゲームを始めた。はじめて少しして自分には難易度の高いゲームだと気づき、ネットを検索しだした。

 

ネットで手に入れた裏技を駆使しながら、僕はゲームの中の世界を消毒して回っていた。何かが救われるわけではなかった。誰かの作ったプールの中を、僕は決められた範囲の中で、無秩序をぶっているに過ぎなかった。飛んでやろうと、僕は本当に窓から飛んでやろうとしたが、ここは2階で痛い思いをするだけで、パーマンに憧れたなれの果てだ。

 

明日、学校があることは知っている。くだらない事もほぼ確定している。逃げ出したくなったら、いつでも逃げ出せばいい。くだらない毎日を繰り返し進むんだ。

 

きっと今より少しはタフなくだらない大人になってやる。

 

僕はベッドに転がると、誰に向けるでもなく思いっきり笑ってやった。

 

 

 

 

モンスター

この都市では比較的大きな本屋で注文しておいた「小説の書き方」の類いの本を受け取ると、自宅への帰路についた。本屋ではデカデカと、地上に突然現れるようになった化け物の話が、大々的に宣伝されていた。近々映画化もされるようで、映画のエイリアンを地上に置き換えただけの様なその得体の知れないモンスターが、書店のディスプレイのモニターの中を、えげつない跳躍力で飛び跳ねていた。

 

僕は学校の修学旅行を前にして一抹の不安を抱えていた。僕の通う学校は、修学旅行を年に一回、同じ学校法人の小学校の一年生から、高校の三年生まで一度に全ての生徒が、修学旅行に参加する。人数も半端じゃないし、それに関わる人間の労力も半端なものではない、まず、生徒らから疲弊してしまっているのだから、何のためにこんな大がかりな嫌がらせの装置を毎年起動させるのか、疑問であるし、また、決まってあまりいいことは起きない。

 

だけど、今年も修学旅行の前段のイベントは次々と進み、もう、修学旅行も間近に迫っていた。その頃、僕らの学校の中では、誰が言い出したのか、あの書店で見かけた得体の知れないモンスターが実際に存在して、各地で残酷な事件を起こしているという都市伝説の様なものが流行りだした。警察をはじめその他の機関も影響を恐れ、このことを公にはしていないという。心の中で突っ込みを入れながら、僕は今年の修学旅行は何もないことを願って、準備を少しづつ進めていた。

 

よく晴れた日に、修学旅行の日程はスタートした、僕らは様々な交通機関を巨大な規模で貸し切りながら目的地へ進んだ。最終的には、大本が同じ法人の運営する巨大なリゾートホテルに僕らを運んだ。一年のうちでもあまり集客を見込めないこの時期に、リゾート地は僕ら学生でいっぱいになった。

 

今年はあまり運が良くなかった様で、ホテルで同室になったメンバーにあまりいい気はしていなかった。いざという時の護身術の動画を繰り返し見ながら、何も起きないことを祈っていた。

 

一日目が終わり、二日目に生徒が集まった時に、変な噂が流れてきた。昨日の夜にあのモンスターを見たものが複数いるという。どうでもいいと思いながら、その噂は、あっという間に伝搬して、この修学旅行一番の目玉になってしまった。

 

ホテルの部屋では本気なのか冗談でやっているのか、柔道の寝技をかけあう生徒がいて、一人があまりに本気を出してしまって、他の生徒を締め落としてしまった。落ちてしまった生徒はしばらく気を失っていたが、自力で気を取り戻し、ふらふらとしていた。誰も先生や助けを呼ぼうとしなかった。それがとても怖かった。益々、同室でいるのが嫌になった。締め落とした生徒は何も反省せずに、同室の学生を次々にターゲットにして、僕は自分の順番を待つほか無かった。

 

はい、次と言われて名前を呼ばれて、僕は硬直した。

 

頭がぐるぐると回りながら、今の状況の突破口を探している。僕は押してはいけないスイッチが自分の中にあることを知りながら、いざ、相手が絞め技に入り出すと、我慢の限界を超えて、僕のスイッチは入ってしまった。僕を背後から締めている相手ごと立ち上がって、軽く飛んで、そのまま背中から体重をかけて、自分の身体を相手の上に落とした。相手には凄く効いたようだったが、この先に起きることが明るくないことも、同時に僕には見えていた。

 

翌朝、起きてみると着替えようとした僕の衣類が見つからない。同室の誰として、おかしな表情ひとつせずにしている。案惨たる気持ちになりながら、僕はもう戻らない事を決めて、昨日、絞め技をかけてきた相手の胸ぐらを掴んで、衣類をどこにやったか、追求した。その僕を同室の奴らが後ろから蹴ってくる。うすら笑いをうかべた相手に僕は

 

暴力のスイッチを入れた

 

呼び出しをくらった先生達の控え室で、先生から事情を聞かれた。

先生からは、どうしてそのくらいのことが我慢ができないと責められた。

あなたは好き勝手し放題だねと言われるも、他の生徒を締め落としたり、衣類を隠した生徒は「被害者」で、何かその全体の状況そのものが、自分に更なる決意をさせた。

 

僕は、ホテルの部屋へ戻ると、荷物をまとめて、リゾート地を出た。幸い、修学旅行であった為、お金もいつもじゃ考えられない額を持っていたので、交通機関にかかるお金も足りない事はなかった。

 

家に帰るつもりはなかった。自分一人でこれから生きていこうと思った。

 

それから先、沢山の勢いだけではどうにもならない、手続きや契約、審査、確認、証明、ありとあらゆる煩雑な事が僕を待っていたが、全て自分で決めた事なので後悔はなかった。

 

僻地の安アパートの僕の部屋に置いてあるパソコン用の小さなディスプレイの中では、いつかのモンスターが飛び跳ねては、相も変わらず残酷な事件を次々と起こしている。