大いなる帰還【豚山肥太】

豚山肥太の詩と小説を綴るページ

ヒーロー

僕は照明を落とした部屋の中を、新作のゲームを夢中になってやっている。途中からはネットで見た裏技を使って無敵状態でゲームをやっている。全てのパラメーターが異常になった登場人物達が、敵に遭遇する、戦うというより、出会った瞬間に敵は消滅してしまう。なんだか、気分はアルコール入りの除菌シートの様な気分。このゲームの中でいくらでもあふれ出てくる悪を、僕はひたすら消毒していた。

 

学校に行っていた頃の事だった。クラスメートの中にテレビタレントが居て、テレビの中では笑いをとって人気者だった。クラスの中でも、人気者で笑いも取りもするが、他にも面白いクラスメートはいて、僕はそのクラスメートに、あいつがあんなにTVで受けてるなら、A君だってTVでそこそこやってけるんじゃないか、隣のクラスのBもいけると思う。

 

そんな事を口走った。Aはふかしタバコを吸いながら、まんざらでも無いようだった。以前はタバコを吸っていなかったが、部活を辞めて、タバコを吸い出した。それから、どんどん自分とは住む世界が違う住人の様に、距離が出来てしまっている。もう、あの頃の、言葉では話せない。そんな感覚だ。僕は、怯えもありながら、AにTVでやってけると伝え終わると、次の授業の体育へと準備をして向かった。

 

 体育の教師は、こないだやって来たばかりだったが、来た当初から厳しく、今日も名前も聞いた事のない筋肉を鍛えると言って、これまた、よくわからない陣形を組まされて、授業は進んでいった。授業が始まって、すぐしてから、汗の匂いがした。自分からしているのか、誰かのものなのか、ずっと気になりながら、クラスメート達とはできる限り距離を空けていた。

 

授業の後半の四分の一は教師不在で行われた。教師がどこかに行ってしまって、戻ってこなかった。クラスメートの中には学校を飛び出して、たまり場になっているファミリーレストランや喫茶店に向かう者達もいた。それ以外のクラスメートは、各々に割り当てられた冷蔵庫から、冷えた果物や、冷やしあめなんかを飲んだりしていた。僕も自分の冷蔵庫を空けると、ちゃんとした製品のパッケージでは無い誰かが適当にビニール袋をはりあわせて、適当にプリンの絵を描いたものが出てきて、暗い気持ちになりながら、その包装を空けた。中のプリン・ア・ラ・モードはぐちゃぐちゃで、僕は低い気持ちで台無しだと思った。

 

芥川龍之介の見た歯車とヘッセの車輪の下が噛み合いながら、僕の思春期を蹂躙していくイメージだ。

 

僕はどんどん外気に怯えるようになっていき、学校へもどんどん足が遠のいた。ある夜、TVをつけると、学者や評論家達が揃って、こないだ体育の教師にやらされよくわからない運動をキャッキャ言いながらやっている。政治家チームも参戦するとなった所で、TVを見るのを辞めて、ゲーム機のスイッチを入れた、ネットで決済してダウンロードしておいた新作のゲームを始めた。はじめて少しして自分には難易度の高いゲームだと気づき、ネットを検索しだした。

 

ネットで手に入れた裏技を駆使しながら、僕はゲームの中の世界を消毒して回っていた。何かが救われるわけではなかった。誰かの作ったプールの中を、僕は決められた範囲の中で、無秩序をぶっているに過ぎなかった。飛んでやろうと、僕は本当に窓から飛んでやろうとしたが、ここは2階で痛い思いをするだけで、パーマンに憧れたなれの果てだ。

 

明日、学校があることは知っている。くだらない事もほぼ確定している。逃げ出したくなったら、いつでも逃げ出せばいい。くだらない毎日を繰り返し進むんだ。

 

きっと今より少しはタフなくだらない大人になってやる。

 

僕はベッドに転がると、誰に向けるでもなく思いっきり笑ってやった。