大いなる帰還【豚山肥太】

豚山肥太の詩と小説を綴るページ

渇望

 

僕の地域の柔道の地区大会の最重量級は、長い間、うちの中学の大将が優勝し続けていて、地区に敵無しの状態だった。最近、柔道部の出来た私立の中学校は相当強いらしいという知らせを聞いてから、一月もせぬうちに、僕らの中学とその中学とで合同練習が組まれた。

 

それまでも、県下で開かれた合同練習や、日本全国から集まって行われる沢山の中学、高校との練習試合に参加していて、強い相手とはどのようなものか、道着を握った感覚で知っている。そう思っていた。

 

合同練習では僕らの中学が定期的に出稽古に行っている高校の道場を使わせてもらって行われる事になった。当日、向こうの中学の生徒と顔合わせしたが、僕らと同学年のおそらくの団体戦の主要メンバーは、特に重量級が多いと言うこともなく、県大会まで行けばよく見る構成の体型が並び、さして、ビビる事もなく、合同練習は始まった。

 

試合に近い形式の練習の乱取りがはじまり、実際にその中学の生徒と組んでの練習になった。僕はしばらくサボっていたが、僕らの中学の大将が、向こうの中学の大将に、乱取りを申し込まれたので、注目してみていたが、お互いが組んだ次の瞬間にはうちの大将は宙に上がり、そのまま見事なまでに背中から叩きつけられていた。その後も休む間もなく、まるで投げ技のパターンを一通り練習しているかの様に、大将は投げられ続けた。

 

そんな状況ははじめて見たし、ゾクゾクと怯える気持ちが自分にもやってきた。そのうち、大将だけでなく、うちの中学の団体戦の主要メンバーも皆、同じような洗礼を向こうの中学の生徒から受けはじめた。僕も乱取りを申し込まれたが、全く、相手にされずに、好き放題投げられていた。大学生、それも日本のトップレベルの大学生と戦わされているような感覚だった。

 

向こうの大将と組んだ時の感覚が一番強烈で、手や足がそれぞれ100㎏以上あるような、身体全体では1トンはあると思えるくらい、全くこっちらのどんなテクニックを使った力にもビクともしない、ただ相手の強烈な力に、自分は全く何も抵抗できずに前後左右に投げ分けられながら、ひたすら敗北感と無力感にうちひしがれていた。

 

練習の最後には顧問が審判となり、練習試合が組まれたが、見るも無惨、投げられるも無残な結果となった。

 

練習の最後にうちの部員を前に顧問は、こういった経験の大事さを説き、練習は終わった。その日から、何度も好きなように投げられた相手達を投げる姿をイメージする練習からはじめた。イメージの中でも相手を投げている姿は浮かびにくく、途方も無い遠くに、彼らの強さを感じていた。

 

彼らの中学は僕らが中学3年の夏の全国大会の地区予選はおろか県大会でも、ほぼ全ての試合を5ー0で圧勝し、全国大会に進んだ。

 

夏の暑い盛りに開かれた全国大会で、彼らの中学は、特段、成績を残すことも無く、5ー0で負けもしていた。僕は全国大会の内容がレポートされた柔道雑誌を読みながら、この先、柔道を続けていくか悩み始めた。

 

毎日の日課の夜のランニングをしながら、好き放題投げられた悔しさが、くすぶって消えなかった。

 

ランニングに使っていた公園の時計は夜の10時を回っていたが、僕は今の自分から手を伸ばすように、走り続けた。