大いなる帰還【豚山肥太】

豚山肥太の詩と小説を綴るページ

コーヒー

久しぶりに遠方に住む友人が僕の家まで遊びに来るのでその日は朝から掃除や友人をもてなす簡単な料理の準備に追われていた。

 

午後を過ぎた頃に家のチャイムが鳴って友人を部屋に招き入れた。

季節は少し肌寒い日々が続くようになってきて、友人もコートを着て、寒いねと言って、久しぶりの邂逅に時間も忘れた。

 

友人とともに食事をしていると、友人は鞄から1冊の雑誌を取り出して、載ったんだよと、その雑誌に彼の投稿した悩み相談のコーナーを開いて見せた。僕は内容を読んでみたが、どう読んでも友人の悩みに思えず、ということはずっとこの悩みを抱えていたのかと、慎重に言葉を選んで、友人にことの真意をたずねた。

 

創作だよ

 

友人はそう言った。友人がそれから話した話によると、随分前から創作した悩み投稿を繰り返していて、持ってきた雑誌だけでなく、形を問わず投稿してきたという、紙媒体に採用されたのは今回がはじめてだという。

 

友人によればそれは趣味の一つで、友人にとっては悩みを考えることが楽しく、また、それにどんな回答が返ってくるかを待ったり、返ってきた答えを分析するのが楽しみだそうである。

 

人が楽しみにしているものを一概に否定もできず、例え雑誌に掲載された悩みが作られたものであっても、それが何か問題だとも思わず、僕は引き続き、雑誌に採用された悩みやその周辺のことなどで、引き続き談笑の時を楽しんだ。

 

時刻も夜遅くなり、久しぶりの邂逅の時も終わらねばならなくなっていた。僕は尽きない話を交わしながら、友人を駅まで送った。無人駅のその駅で、電車が来るまで、友人と駅の待合室で、缶コーヒーを飲みながら過ごした。

 

本数の少ない友人の帰る方向への電車がやって来る時間になって、友人はもう少しいいかと僕に確認を取ってきた。僕は後は家に帰って寝るだけと話すと、二人で缶コーヒーを駅の自販機で買い直して、終わらない話をまた再開した。

 

次に電車が来るまで、まだかなりの時間があった。

友人はふざけた話ばかりしていた。

結局、僕ら二人は次の電車までふざけた話に終始して、電車に乗り込む友人を見送った。

 

遠くなっていく電車の姿を見終えると、僕は自宅へと向かった。

外は本当に寒くなってきていて、僕はポケットに両手を突っ込んで、さっきまでの友人との話を思い出しながら、くだらない話を思い出して、顔の表情が崩れるのを止められず、少し怪しく、自宅まで歩いた。

 

その日の邂逅以来、友人は全く連絡がつながらなくなり、様々な手を尽くしたが、友人は忽然と姿を消した。最後にあった日に、言っていたことの中にヒントを探そうとしたが、見つからなかった。友人の採用された悩みを見ても、何のヒントにもなりはしなかった。

 

友人がいくつの悩みを創作して投稿していたかはわからない。

ただ、彼はいなくなった。

最後の日に駅の待合室で聞いた

 

もう少しいいか

 

その言葉だけがそれからも何度も胸の中で繰り返された。