大いなる帰還【豚山肥太】

豚山肥太の詩と小説を綴るページ

モンスター

この都市では比較的大きな本屋で注文しておいた「小説の書き方」の類いの本を受け取ると、自宅への帰路についた。本屋ではデカデカと、地上に突然現れるようになった化け物の話が、大々的に宣伝されていた。近々映画化もされるようで、映画のエイリアンを地上に置き換えただけの様なその得体の知れないモンスターが、書店のディスプレイのモニターの中を、えげつない跳躍力で飛び跳ねていた。

 

僕は学校の修学旅行を前にして一抹の不安を抱えていた。僕の通う学校は、修学旅行を年に一回、同じ学校法人の小学校の一年生から、高校の三年生まで一度に全ての生徒が、修学旅行に参加する。人数も半端じゃないし、それに関わる人間の労力も半端なものではない、まず、生徒らから疲弊してしまっているのだから、何のためにこんな大がかりな嫌がらせの装置を毎年起動させるのか、疑問であるし、また、決まってあまりいいことは起きない。

 

だけど、今年も修学旅行の前段のイベントは次々と進み、もう、修学旅行も間近に迫っていた。その頃、僕らの学校の中では、誰が言い出したのか、あの書店で見かけた得体の知れないモンスターが実際に存在して、各地で残酷な事件を起こしているという都市伝説の様なものが流行りだした。警察をはじめその他の機関も影響を恐れ、このことを公にはしていないという。心の中で突っ込みを入れながら、僕は今年の修学旅行は何もないことを願って、準備を少しづつ進めていた。

 

よく晴れた日に、修学旅行の日程はスタートした、僕らは様々な交通機関を巨大な規模で貸し切りながら目的地へ進んだ。最終的には、大本が同じ法人の運営する巨大なリゾートホテルに僕らを運んだ。一年のうちでもあまり集客を見込めないこの時期に、リゾート地は僕ら学生でいっぱいになった。

 

今年はあまり運が良くなかった様で、ホテルで同室になったメンバーにあまりいい気はしていなかった。いざという時の護身術の動画を繰り返し見ながら、何も起きないことを祈っていた。

 

一日目が終わり、二日目に生徒が集まった時に、変な噂が流れてきた。昨日の夜にあのモンスターを見たものが複数いるという。どうでもいいと思いながら、その噂は、あっという間に伝搬して、この修学旅行一番の目玉になってしまった。

 

ホテルの部屋では本気なのか冗談でやっているのか、柔道の寝技をかけあう生徒がいて、一人があまりに本気を出してしまって、他の生徒を締め落としてしまった。落ちてしまった生徒はしばらく気を失っていたが、自力で気を取り戻し、ふらふらとしていた。誰も先生や助けを呼ぼうとしなかった。それがとても怖かった。益々、同室でいるのが嫌になった。締め落とした生徒は何も反省せずに、同室の学生を次々にターゲットにして、僕は自分の順番を待つほか無かった。

 

はい、次と言われて名前を呼ばれて、僕は硬直した。

 

頭がぐるぐると回りながら、今の状況の突破口を探している。僕は押してはいけないスイッチが自分の中にあることを知りながら、いざ、相手が絞め技に入り出すと、我慢の限界を超えて、僕のスイッチは入ってしまった。僕を背後から締めている相手ごと立ち上がって、軽く飛んで、そのまま背中から体重をかけて、自分の身体を相手の上に落とした。相手には凄く効いたようだったが、この先に起きることが明るくないことも、同時に僕には見えていた。

 

翌朝、起きてみると着替えようとした僕の衣類が見つからない。同室の誰として、おかしな表情ひとつせずにしている。案惨たる気持ちになりながら、僕はもう戻らない事を決めて、昨日、絞め技をかけてきた相手の胸ぐらを掴んで、衣類をどこにやったか、追求した。その僕を同室の奴らが後ろから蹴ってくる。うすら笑いをうかべた相手に僕は

 

暴力のスイッチを入れた

 

呼び出しをくらった先生達の控え室で、先生から事情を聞かれた。

先生からは、どうしてそのくらいのことが我慢ができないと責められた。

あなたは好き勝手し放題だねと言われるも、他の生徒を締め落としたり、衣類を隠した生徒は「被害者」で、何かその全体の状況そのものが、自分に更なる決意をさせた。

 

僕は、ホテルの部屋へ戻ると、荷物をまとめて、リゾート地を出た。幸い、修学旅行であった為、お金もいつもじゃ考えられない額を持っていたので、交通機関にかかるお金も足りない事はなかった。

 

家に帰るつもりはなかった。自分一人でこれから生きていこうと思った。

 

それから先、沢山の勢いだけではどうにもならない、手続きや契約、審査、確認、証明、ありとあらゆる煩雑な事が僕を待っていたが、全て自分で決めた事なので後悔はなかった。

 

僻地の安アパートの僕の部屋に置いてあるパソコン用の小さなディスプレイの中では、いつかのモンスターが飛び跳ねては、相も変わらず残酷な事件を次々と起こしている。