大いなる帰還【豚山肥太】

豚山肥太の詩と小説を綴るページ

夢まで走ってった

履きつぶした靴からは路面を濡らした雨水が絶えず入ってきて、これだから雨の日は嫌なんだ。そう、都会の隅に隅に向かいながら思ったんだ。

 

一時、流行ったミニ四駆のサーキットを備えた模型店の店舗をそのまま使ってやってるという怪しげなその店ののれんをくぐった。

 

店の真ん中では店主らしき男がミニ四駆におでんの具をくくりつけて競争させることに夢中になっていた。店の奥からは店主の伴侶らしき女性が現れて僕に冷えるでしょうと言って、おでんをいくつか、それに日本酒を熱燗で用意してくれた。

 

僕は出汁のしみた大根をほおばりながら、未だ結果の出ないおでんのレースに苦言を呈そうと店主に向かい、いつまでやるんですかい?と仕事を頼みたくて来た事を伝えた。

 

店主はこちらを振り向くとカッと目を見開いて、このおでんレースが24時間耐久だと僕に伝えた。そして、バナナがやっぱり一番上手いなぁと言いながら、おでんに全く興味のないことを、暗喩とドット絵を駆使して僕に伝えた。

 

僕はこんなことに付き合っていられないと、依頼しに来た仕事の事と、店主の食べているバナナがあまりに黒く、もはや黒を越えてブラックホールに近いから、心配になるからお願いだからそのバナナを食べるのをやめてくれと懇願した。

 

僕の懇願が店主に届く前に店主はぐるぐるというお腹の音とともに、トイレに向かって一目散。そのまま、トイレにあったブラックホールに吸い込まれていった。

近くの交番の前に掲示してある今日の宇宙の事故の数が一つ増えた。

 

一方、店主のいなくなった店の中には僕と店主の伴侶しかいない。

依頼したいというお仕事、私でもいいかしら?ときかれて、かけてみようと

伴侶に仕事内容を伝えた。

 

それなら長い間主人の手伝いしてまいりましたので、私でもお受けできるお仕事です。そう、伴侶は言って続けて、

 

東大、京大、ケンブリッジにMIT、なんでもござれ、はてさて、どちらの大学がお気に召しますかな?流暢なしゃべくりで伴侶は勢いすべらかにはなしはじめた。

 

僕が今日、この店に来たのは、一滴のにごりなく行きたい大学に行けるように斡旋してもらおうと、その筋では有名なここに来たのだ。

 

僕が東大というと、伴侶ははんぺんの載ったミニ四駆を止めて、モーターを取り出し、僕の額を開けて既に入っていたモーターと交換した。僕は頭の回転が良くなっていくのを頭を中心にして体全体で感じながら、試して見るかい?と言う伴侶の言葉に二つ返事で、東大の過去の入試問題に取りかかり、見事、全てパーフェクトに解いてみせた。

 

おでんも食べ終えて、伴侶にお会計と言うと、全てコミコミで500円分のQUOカード、二枚でいいという。 僕はQUOカードを一枚使いさしの500円のものしか持っていなかったが、こういう時は強気にいくもんだと、それだけ渡して、奮発しとくよというと、ダッシュで店から出た。

 

雨が止んだ夜道の向こうからごぼてんの着ぐるみを着た店主が走ってきて、僕に見えるように横断幕を広げた。

 

とうきょうにいってもわすれないでね

 

横断幕にそう書かれていた。僕はそれから夜行列車に乗って、思いつくまま、気の向くまま、世界を旅して回った。

 

東大に行くという人生がなぜからつまらなく思えた。

 

おぼろげに小学生の頃、アンケートの将来なりたいものに、旅人と書いたことを思い出していた。