大いなる帰還【豚山肥太】

豚山肥太の詩と小説を綴るページ

穏やかな風の中へ

 

洗濯物の入ったバスケットから洗剤の匂い

 

辺りはまるで薄い水色のセロファンでもかかった様なトーン

 

クリスマスにもらった大きなロボットを踏んでしまいそうになる

 

弟と二人でテープレコーダーでラジオ番組を始める

 

何を言っても面白くておかんが乱入してくるから笑いが止まらない

 

 

「この辺りに足場を組みましょう」

 

医者はそういうと僕の頭の中のフィルムの再生を止めた。

 

すると診察室にハイエースが突っ込んで来て崩れた壁面から屈強な男達が僕の頭の中のフィルムに次々と飛び込んであっというまに足場を組んだ。

 

フィルムの中にできた足場からは何か特殊な素材で出来た。特殊な素材で出来ていないと困るワイヤーが僕の未来まで固定されていた。

 

医者からこの先の人生につけるオプションを色々と手を変え品を変え勧められたが僕はケータイが故障した時に修理代が最大でも4000円で済むオプションだけを選んで病院の会計を済ませた。

 

会計の窓口で順番を待つ座席には先程ハイエースで診察室に突っ込んで来た男達が揃いも揃ってムチウチになった様で皆一様にクビにコルセットを巻いていた。

 

自宅のワンルームに帰宅すると矯正した新しい人生の過去を振り返る事にした。

 

かつて僕の人生にあった過去がどこにいったか知らないがめくるめく期待をした僕の新しい過去は黒澤明監督の全作品DVD BOXセットと入れ替わっていた。

 

僕は

 

「欲しいっちゃ欲しかったけどなぁ」

 

と呟いて軽く凹んでそのまま横になった。

 

布団にくるまりながら心地よい眠気に誘われた。

 

偉大な作品を作る。それが何なんだろう。

 

急に自分の中に今まで持つことの無かった価値観が心の中に去来した。

 

弟と二人で吹き込んだあのラジオより面白いものなんて

 

節分の日に本気で鬼になるオカンより面白いものなんて

 

DVD BOXをメルカリに出品したからだろうか僕の過去は蘇り僕はいつまでも過去を懐かしんでいた。

 

矯正を終えたら一気に富裕層になってしまってもう行くことは無いと思っていたバイトの時間が近づいてきた。

 

特別な誰かしか出来ない

 

そんな事は微塵も無い。どこにでもありふれたそしてそりゃまぁそれなりにしんどいバイトに向かう。

 

少しずつ言い訳をしながらも僕は平凡な人生を受け入れ始めていた。