玩具の蝉【超短編小説】
恋がしたい。そう思っていた。片思いでも誰かに胸をときめかすことがなくなっていく、
ふと、あの不整脈が恋しくなって、私は春に似合う服を買いに、スーパーに出かけた。
スーパーでは沢山の野菜が値段も安くなって売っていた。いつも買う野菜は同じで、調理方法も似たりよったりなので、料理を覚えないといけないと思いながら、やっぱりいつもと同じ野菜を買っていた。
余った食材でもネットで検索をかければ、今の時代、すぐにレシピが出てくると、教えてくれる人もいたが、うちの検索エンジンは、なかなか検索してくれない。
赤いパプリカを手に取って、誰も見るわけでもない料理にこの色合いはいらないと、スーパーの棚に戻した。
そういうとこだよ
と誰かが言うので振り返ると福山雅治だった。福山雅治についてきてごらんと言われ、私は雅治の車で、夜の高速を走ることになった。スーパーのかごには、1100円の二人前のかやくご飯が入っていたが、私はスーパーの店員に値段がやっぱり高いことと、色合いの悪さを指摘すると、福山雅治の車に飛び乗った。スーパーの店員は駐車場まで追いかけてきて、
これでも、お安くしています
と言うと、私達めがけて、痛んだ野菜や果物を、シフトが休みの人まで動員して、投げつけてきた。福山雅治は、
けっこういけるね
と意に介さず、野菜や果物にかぶりついていた。
私もあけびで ピピピピピ 私もあけびで ピピピピピ
したが、夜の高速道路には不釣り合いで、隣の席で車を操る男の手元はもう福山雅治のものではなく、
すきっ腹に飲んだコーヒー牛乳の流線型であった。
私はコーヒー牛乳の運転に惚れ惚れしながら、恋は近いかも知れないと思い始めていた。
コーヒー牛乳は車内のBGMを、アラビア語のゲーム実況に変えると、
ここも火が回る二階へ上がれ
そういうと、車の天井を開けると、私を無理やり、車の上に乗せて走った。
車の上に立って見えるのは、辺り一面見たことがないくらいの火の海で、
私は今日が世界最後の日かも知れないと思った。
どうせ、やらせだろう
ボソッとコーヒー牛乳はそう言うと、辺り一面、炎の火の海の中を、
あらかじめ決められた法則でもあるかのように規則正しく、危うさなく走った。
高速の出口では、村の人が集まって、私達を歓迎していた。
コーヒー牛乳に
どうする?
と聞かれた私は、まだ、恋じゃないと答えると、巨大な人型ロボットに乗り込んだ。
今までの漫画喫茶での読書歴からいって、
どうやら、地球の運命は私にかかっているらしかった。
操縦席の水分とか汁気とかにわりかしデリケートな場所に雑にプラスチック容器を輪ゴムで止めた弁当が置いてあった。
昆布かな海苔かなと思って弁当を開けると、ご飯の上はめんたいこだった。
めんたいこは自分で買うと高いことがわかる。私はそう思うと、地球の運命は私には荷が重すぎますと、丁寧にポストイットに書いて、人型ロボットから降りた。
私は家の近くの公園まで行くと、弁当を食べることにした。
気候のいい頃で、天気もよく、飲み物は自販機で奮発していいお茶を買った。
不安な事は沢山あったけれど、弁当をかき込み過ぎて、のどがつまって、それをいいお茶で飲み込んだりしているうちに、そんなのもどっかに飛んでいった。
結局、片思いもできずに、一生を終えるかも知れないと思いながら、私はよく鳴く玩具の蝉の事を思っていた。