大いなる帰還【豚山肥太】

豚山肥太の詩と小説を綴るページ

真夏を泳いだ彼女と彼の街【超短編小説】

大きな祭が終わると、男の人達も、女の人達も、みんな街のあちこちの自分達の住処に戻っては、寝床で屁でもふって、暮らしている。

私は蒸発しそうな暑さに熱帯夜。

うだるような今夜、二枚目のアイスノン。こりゃ、今月の電気代どこまで行くね。ベランダのTシャツがもう乾いている。

むせかえるような季節は、ただただ、ビールを美味しくして、私はチーザと、クラッツをビールのつまみのスタメンに、新たに加えた。

このまま、ピーターパンに、雪の女王の世界まで連れてっておくんなまし、ついでに王子の一つや二つ、付けてくれたってあたいは構いはしない。

あーっ、ベネディクト・カンバーバッチ様格好いい。







川の流れをいつまでも見ていると、僕も小魚の一匹になったような気になって、ついに、我慢ならなくなって、川にざぶんと飛び込んで、そのまま、河童のように川を泳いだ。

駅前に一軒だけあるこの街の売店で売っていた週刊誌に載っていたグラビアアイドルみたいなのは一匹もこの川を泳がない。

せめて、水着の一つでも流れてくれば、それはそれでロマンチックでいいのではないだろうか?と、苔や小石や深い深い緑色になる川を泳ぎながら、僕はゴーグルで必死にイマジネーションの翼はためかせ、グラビアアイドルのそれみたいな水着を、VR機能をフルに使って、そうぞうしていた。

想像していた。

やがて、それもどうでもよくなり、僕は魚に近づくほどに近づいて、指と指の間の水かきを復活させる。

エラ呼吸までもうすぐだ。

夏の強い日差しが、川の底まで届こうと、強く川面にさす、僕は進化の過程を逆流しながら、ここからならベネディクト・カンバーバッチになれるかも知れないと淡い期待を描いている。







都市の夏の温暖化対策も、新技術が開発されてからは、随分と緩和が進んでいる。おかげでクーラーが売れなくなったが、暑さが奪っていた生産性とやらは、随分と回復どころか、以前より繁栄の時を迎えている。

街ではベネディクト・カンバーバッチの新作映画の広告が流れて、彼女も彼も、もう、街に溶け込んでいる。

人は些細で小さく、何ら変わりがない程の差を競うようにして、蔑みあって、傷を抱えて生きている。でも、どこかの国の絵描きの描いた街の絵の中に、彼女や彼らを見つけられないように。僕らはそれほど変わらない。

セイム。

セイム。

セイム。



同じなんだ。
君の傷も僕の痛みも。