大いなる帰還【豚山肥太】

豚山肥太の詩と小説を綴るページ

umbrella【超短編小説】

 

[E:#x266F]1 六月の王子様

六月の重い空は、まるで、僕らの人生さえもすっぽり覆ってしまったようで、僕らは、顔を濡らすのが、雨か涙かわからないくらいへこんでたんだ。

「カズオのバカ!バカ!バカ!バカ!なんで、あんな女に手ぇ出すの、あんな女!あんな女!あー、もう最悪。このまま雨に濡れてやる。そして、風邪引いて、悪化して、肺炎なって、入院して、そしたら、私は悲劇のヒロインで、うちの病院のやつらみたいじゃない、妻夫木君みたいなお医者さんのいる・・・、あーもう最悪。神様ーっ!(信じてないけど)」

フユは、ズブ寝れになるのもおかまいなしで、泣きながら、傘もささずに、アーケードの無い小町商店街を歩いている。

「神様(信じてないけど)、やっぱり肺炎はやめとく。あれは、辛いわ。一瞬でいいわ、私を職場で一瞬、重病人にしてちょうだい。一週間は休めるくらいの。そしたら、私は、日本を飛び出して、グアムかどっかに行ってやる。恋は、終わったのよ。切り替えの時間が必要だわ。グアムで、私は、出会うの、ジョニー・デップみたいな素敵な王子様と・・・。」

フユが、小町商店街のちょうど真ん中に来た時、ズブ濡れのフユの視界に傘が伸びてきた。

「風邪引くぜ」

傘の主は、そう言うと、傘を無理やり、フユの手に持たせると、あっという間に、自転車こいで去っていった。

一瞬だったが、顔はすっかり覚えている。指名手配できるくらいに。

「王子様・・・、じゃないわね。」

フユは、涙をぬぐって、傘を広げた。

目にしみるくらい真っ赤な傘が、小町商店街の真ん中で咲いた。

→[E:#x266F]2

[E:#x266F]2 さよなら十代

「まぁ、何事も経験だと思う。ドラクエだって、そうじゃないか。敵を倒して、経験値稼いで、レベルアップして、そして、また、強い敵を倒す。成長する為には、経験しなければならないってことさ。」

まぁ、それはともかく、今、タイスケのいるのは、所謂、テレクラで、彼は、人生経験という大義名分の下、個室の中、エロビデ見ながら、頭の中の妄想スイッチ押し放題で、見知らぬ女からの電話を待っている。

しばらくして、電話が鳴る。

プルル・・・ガチャ

「もしもし」

若い女の声だ。タイスケは、声をコントロールして

「どうも」と、

「いくつ?」と、女

「21」

19だ。

「学生?」

「うん、美大生やってる」

嘘つけ、高校も出てないだろう。

「へぇ~、絵とか上手いの?」

「一応、基本は。デッサン、デッサンの毎日。」

デッサンなんて、何ヶ月やってない。

美大生って、何して遊ぶの?」

「たまに、仲間で美術館行ったり、映画つくったり」

もうやめろ。もうやめろ。

「へぇ~、なんか楽しそうね。」

「けっこう、面白いよ。美大生、はじけた奴多くて。」

誰も騙せてない。空しいだけだろ?

「あっ、ごめ~ん。キャッチ入った。ガチャン。」

タイスケは、顔が真っ赤になっていた。受話器をおくと、深く溜息をついた。もう、時間だ。タイスケが、テレクラを出ようとすると、夜の街は、雨が覆う。傘をひとつ、パクってテレクラを後にした。真っ赤な傘だ。

明日で、20になる。

自転車に乗りながら、傘をさすが、うまくいかない。たたんで、雨に濡れながら、走る。

「経験、経験っていうけどさ。一度、怖い思いしたら、次から、足がすくむんだ。小説を読めば、その分、いろんな人生が経験できるってきいたけど、毒虫になったまま死んでしまったり、脳病院に入れられたり、川で溺れて死んだり。怖い事が増えるばかりさ。」

明日で、20になる。

何かしなくちゃ、何かしなくちゃ・・・。

商店街に入ると、雨の中を女がうつむきながら、傘もささずに歩いている。

女の前で、自転車を止め。タイスケは、自然に手に持った傘を差し出した。

「風邪引くぜ」

なんて、台詞と一緒に。

女は泣いているようだった。タイスケは女の手をひらいて、傘を握らす。

女の冷えた手の微かなぬくもりが、タイスケの手に残った。

嘘ばかりの夜で、そこだけ確かにリアルだった。

→[E:#x266F]3

[E:#x266F]3 umbrella  

「時々、今でもとんでもないことやれるんじゃないかって思う事があるんだ。でもそれは、オリンピックの100メートルの決勝に自分が出れんじゃないかって思うくらいとんでもないことなんだ。結果は、見えている。でも、一着になれると信じられる馬鹿は、最後には、自分しかいないんだ。」

フユは、昨日、思いっきり泣いたおかげで、気分は晴れやかだ。あんなに雨にうたれたのに、風邪もひかなかった。はれぼったいまぶたをきにしつつ、職場の病院に向かった。

外は、まだ雨が降っている。フユは、昨日の真っ赤な傘を使う事にした。

タイスケは、激しい倦怠感と、節々の痛みとともに目を覚ました。体が熱っぽい。完全に風邪だ。タイスケは不精髭もそのままに、近所の病院に向かった。

外は、まだ雨が降っている。タイスケは、ビニールの透明傘を差した。

フユは、診察室で患者の名前を呼ぶ。

「木下さん。木下泰介さーん。」

病院の待ち合いでタイスケの名前が呼ばれた。

タイスケが診察室に入る。先に気がついたのは、フユの方だった。

外の雨はあがり、紫陽花の葉の上を、かたつむりが、ゆっくりとはっていく。

季節は、梅雨だった。

あるのか?→[E:#x266F]4

2005/08/30