コロッケの唄【超短編小説】
これは、ちっぽけな男のちっぽけな話である。
タイスケは、雨の横断歩道で信号を待っていた。
派遣先の仕事場から、近い横断歩道で。
派遣された会社は、タイスケにとって、二年ぶりの仕事場だった。ひさしぶりの面接に緊張したが、手ごたえは良かった。面接でついた嘘は、友達が多い事と、多趣味である事くらいだった。
面接の帰り、駅でばったり昔の恋人のクミと会った。クミとは、劇団で知り合い、劇団が解散したと同時期に自然消滅して別れた。昔の仲間から、今はOLをやってるらしい事を聞いていた。同じ車両に乗って、隣り合いながら、ぎこちなく列車は、街にむかう。クミが口を開いた。
「どーしてんの?」
「いやぁ、昨日までニートだったんだけど、派遣で働こうかと、面接行ってきたとこ。」
「受かるといいね。」
「ああ。」
「漫画は?」
「まっ、漫画?あっ、あれはもう・・・。あきらめないとね。この年にもなると。」
「結局、打倒松本大洋は、見れずかぁ~。まぁ、アタシもその口だけど。」
「OLやってるって?」
「アタシャ、OR」
「ORって?」
タイスケがそう言うと、電車は駅につき、クミは、小さい声で「オフィス ロボット」と言って、電車を降りた。
タイスケは、相変わらずだったクミを懐かしく思いながら、一人暮らしの家に帰った。三日たって、面接先から電話があり、タイスケに合格を伝えた。それを何より父親が喜んだ。「正社員になれるかも知れないんだからな、頑張れよ。困ったらいつでも電話してこい。」
二年間ぶりの息子の吉報に、確かに光は見えていた。
翌日から、タイスケは働き始めた。初日、仕事の流れを教えた若い男は、こう言った。
「一週間で覚えんとクビだぞ。」
タイスケのメモ帳は、汚い字で真っ黒いページが、一日で20を超える。
家に帰ったのは、初日から終電だった。
その日から、メモを取り、仕事をし、ミスをして、頭が真っ白のまま、夢中だった。夜も眠れない。朦朧とした意識の中、ただ走った。タイスケの仕事は、デスクワークをしながら、引越し屋をするような仕事だった。
タイスケには、自信があった。二年前まで勤めたバイト先は、五年勤め、社員並みの地位にいた。自分は“それなりにやれる男”だと思っていた。
だが、何もできない。ミスを連発し、朦朧とした意識でどつかれた。
四日目、タイスケは、気がつくと、上司に「辞めます。」と言っていた。「あっ、そう。」とだけ言われ、タイスケは仕事場を出た。
雨が降っていた。タイスケは傘を差しながら、横断歩道で信号を待っていた。
傘が、風で飛ぶ、タイスケは車道に出た傘を追いかける。車道の真ん中まで来て、傘を拾うと、車道の信号は青に変わった。クラクションが鳴る。タイスケは身動きがとれず立ち尽くしていた。
携帯が同時に震えた。タイスケは、走りながら携帯を取った。親父だ。
「今、休憩やろ?どや、仕事は?」
「親父、俺、あかんかった。あかんかった。」
仕事が決まった事を何よりも喜んでくれた親父。その親父が希望一杯の声で話かけたのにタイスケの口から出たのは、「あかんかった。」だった。親父は、落ち着いて「まぁええ、また探せばええ」という。
「うん、次探す。」自信も何もかもなくなって、タイスケは、走るのをやめ、道にへたりこんだ。
気がつくと、「ごめんなさい」を繰り返し言っていた。涙も止まらない。嗚咽混じりに、謝りつづけた。
「こんな俺で、こんな俺で、ごめんな、親父。」
親父は優しく
「今日は家、帰って来い。コロッケあるぞ。」
そういうと、電話越しに
「今日もコロッケ~[E:#x266A]明日もコロッケ~[E:#x266A]毎日コロッケ~[E:#x266A]」
と歌い出した。タイスケは泣きながら、笑った。
「ありがとう。」
そういってタイスケは、電話を切り、泣きながら、歌を歌った。
今日もコロッケ
明日もコロッケ
毎日コロッケ