友人へ【超短編小説】
空に太陽がのぼり
ある子供は電車に夢中になり、ある子供は昆虫に夢中になった。
そんな子供の中の一人が争いに夢中になった。
正確に書くならば争いについて考えることに夢中になった。
彼は目の前で起きる子供同士のケンカ、親が四季折々に折りなす夫婦げんか、また、夫婦とまた別の夫婦が起こすご近所同士の争い。身近な自分の半径1メートルの世界で起きることから、海を越えてやってくる海外で起きている紛争。
ありとあらゆる紛争を彼は原因から過程、そして、結果としてどうなるのかを調べ、研究した。
彼はとりわけ学校の勉強ができるわけではなかったが、誰に何を言われるでもなく、ただひたすら、人と人とはなぜ争うのかということを研究し続けた。
ある時、彼は仮説をたて、友人を増やすことを、知り合いを増やすことに尽力していった。
そして、友人達や知り合いの人達の間に争いが起きると、間に入って、仲裁につとめた。
そこで、彼の事を知る者同士という理由を、彼は争いを終わらせる手段として使う方法論を実践していった。
彼の考えた仮説は、彼が考えた時点で、彼の年代の平均寿命からいって、達成する事が不可能であることは最初から結論として出ていた。
しかし、彼は自分の生きている間に、できる限りの争いを解決することにつとめた。
沢山の失敗を生みながらも、彼の存在があることで、彼の友人と友人が仲直りすることも次第に増えていった。
時代が進み、電車に夢中になった子供も、昆虫を好きになった子供も、時代を進ませる方向に成長していった。あるいは、時代を後退させる方向にも。世界はとにもかくにも変わり続けていった。
そして、進歩したテクノロジーは、成長した彼らの人格までも、電車や昆虫に夢中になった記憶までも、遺していけるようになっていた。
争いの解決につとめていた彼が亡くなって、100年以上が経とうとしている。現在、ほぼすべての国々に、彼の事をよく知る友人がいる。それも一人ではなく、複数いる。
彼は今ではありふれた一つのデバイスの形になって、世界中に友人を作り、彼らの争いを解決することにつとめている。
人類の進歩と発展は様々な争いを生んだが、また、一人の人間では到達できない平和な世界を構築する技術も培っていっていた。
かつて世界中の人と知り合いになれたら、戦争はなくなるのではないかと考えた事があった。
彼の遺志を受け継いだデバイスは今日もそうつぶやきながら、時代の中を人々の中を進んでいく。