役者のいない舞台【超短編小説】
彼女といつ約束して出かけたかもわからない旅行の記憶がロードされている。
JRなのかどこの鉄道会社がはじめたのか、決まった列車の決まった車両は、ある種の出会い系になっていて
男は男の座席を取って、列車に乗る。その時、確かに彼女と僕は同じ席になり、旅をしたのだ。
今度もそのサービスを使って待ち合わせしようと連絡が来た。
僕は、なんとはなく、その時の座った座席と、いつまでも続く、水の風景は思い出せるのだけど
僕のブラウザの履歴にはひとつも、そのサービスのデータが残っていない。
一つ試しだと、最寄り駅のキオスクのパートさんにたずねると、スポーツ新聞と、みかんを買うように
言われた。
パートさんは、スポーツ新聞を開くと、フクシマへ働く広告の沢山載った欄の広告を指さして
「リスティング広告、パンダアップデート、ペンギンアップデート、Chromeブック」
と、よくわからない事を言いながら、カニの様に泡を口角からプツプツとあげている。
僕がキオスクの小説の棚の、官能小説を、パートさんに注文すると
駅の階段が現れ、僕はそこから、また、彼女との旅に出ることになった。
乗った電車の僕の車両は、回転寿司の様に、沢山の料理が回っていて、彼女を探すに探せない。
自分の席だけ確保して、どこかで続いた水の景色を思い出しながら、カニが食べたくなった。
回る料理の真ん中の料理人はニヤリと口角を上げると
カニ料理を次々と回転させ始めた。
気がつくと、車両の中は彼女の親戚一同で、彼女の見当たらない車内に不安になりながら
カニを、小学生の徒競走の様に一生懸命食っていた。
列車は、どうしたのか、僕の実家の最寄り駅の路線に入ってしまったようで
僕は、列車から降りると、工場だらけの街を、凄い数の労働者達と、共に、実家に帰ろうとした。
実家につくと、そこは市営住宅の長屋の様なアパートで、そこには誰も住んでいなくて
はがされた畳の上で、いくつもの規格のWi-Fiルーターが、稼働していた。
そういや、ここは人に貸してるんだ、今。
という事を思い出すと、Wi-Fiのルーターのひとつから、僕は
インターネットに接続した。
行かなきゃ ならない。
あの日の出会い系の 座席の場所へ
「コレ、外人さんが好きでね」
と、テレビに繋げて使うメディアプレイヤーを買った記憶が流れて
ドラマがはじまった。
明石家さんまが、高価なものを盗んで、ホテルが火事になって、丸裸で逃げ出すドラマだった。
何を示唆しているのかはわからなかったが
僕は、実家の街で、また、屋外店舗型のコンビニで働き始めた。
休みの日には、決まって、50オーバーのこじゃれた親父達が集まる、カフェで時間を過ごした。
コンビニは屋外店舗型なのはよかったが、シフトが朝早くて、夜に寝付けないのが不安になった。
韓国料理なのか、豚肉を独特の辛い味付けをして、そこに、また変わった麺を絡ませる、
それを、提供する店舗が、バイト先のコンビニに近くにもいくつもできた。
いつかいこうと思いながら、僕は、この街を出ようと思った。
テレビで見た、田舎で職人やってる若い兄ちゃんが妙に羨ましかった。
デジタルというものを、全て否定して、
僕は、記憶の中へ、深く深く、潜っていく。
保育所に行くときに、自転車の後ろの席から、服の下に手を入れて
ぬくたくて、驚いた、母の背中を思い出した。
ぬくもりの繭のようなものに守られてしばらく眠った。
目が覚めると、列車の窓からは水面がどこまでも続いていく。
我が恋は 夢の中にも つかめえぬ
東京の積雪を伝えるニュースが、ラジオを鳴らしていた。